水曜日, 12月 27, 2006

も、もうだめ・・・ロープ、ロープ!


NODA・MAP「ロープ」@シアターコクーン

今回の旅の1番の目的だったこの作品。
頑張ってチケット手に入れた。
最終日に間に合ってホントよかった〜

【あらすじ】
ところは、四角いジャングル、プロレスリング。
そのリングの下に棲みついている女。
彼女は、未来からやってきたと信じている。そして、不可解なほどに実況中継が上手かった。
リングの上には、「プロレスは決して八百長ではない」と思いつめている独りのレスラーがいる。
思いつめたあまり、引きこもっている。その二人の出会いが、物語のはじまり。
やがて彼女は、戦う人間たちの「力」を実況し始める。
その一方で、引きこもりのレスラーは、
「力とは人間を死体に変えることのできる能力だ」という信念にとりつかれていく。
そして、物語は遠い遠い未来へと向かっていく。
だのに、この話は、決してサイエンスフィクションではありません。
未来の話なのにSFではない物語。 (NODA・MAP公式HPより)


世界のメタファーとしてのリング。
リングの上に、人間の愚かさの歴史が集約されている。
今までのような言葉遊びは姿を消し、強い憤りや怒りといったものがリングの周りで展開される。
そんな印象を受けた。

リングに立つ者、試合を企画する者、それを観る者、実況する者、プロレスをめぐるさまざまな人たちの思惑が“戦い=暴力”の物語へと発展していく。
一見して今まで比べ圧倒的に地味な芝居なのだが、そこから次第に浮かび上がる思念の激しさは今までとは比べものにならないほど。
次々とタブーに踏み込み、自分たちもその中に含まれることを自覚しつつ糾弾する。この芝居を行うことはまさにそんな行為に他ならない。
こういったメッセージ性を盛り込むことについては賛否両論あるだろうし、私も懐疑的な立場ではあるのだが、これだけのものを見せられると「アリかな〜」なんて思ったりする。まぁ、演劇だってメディアの1つなわけだし、そこでジャーナリズムを語るのも、テレビで偽善の中に自己陶酔しているコメンテーターの話を聞くよりかは有効だと思える。

最後のシーン、今までの野田芝居では観たことのないほど静かに、そして淡々とした様にあっけにとられてしまった。だが、そこがまた人間への愛情のようなものが垣間見え、とても心に残った。