火曜日, 12月 26, 2006

“牛耳る”の語源を知った23の夜


いるかHotel「月と牛の耳」

先日の「俺の屍〜」同様、「王子トリビュート001 畑澤聖悟」としての公演。
いるかHotelは神戸の劇団らしく、当然ながら初めて見る。
畑澤作品がどう料理されていくのか、それがこの企画の醍醐味なのだろうが、それ以前に関西の劇団は珍しいという事情もあり、この劇団がどんな劇団なのかという点についても興味津々。

【あらすじ】
東北の地方都市にある精神病院。入居者のひとり、加賀谷敏(51)。「鳳凰院赤心拳」館長を務める格闘家である。彼は7年前、日本で猛威を震った「プリオンウイルス脳炎」に感染して入院。快方に向かうも入院中に脳出血に見舞われ、その後遺症により順行性健忘症となった。知能はそのまま、障害を受ける以前の記憶もそのままだが、新しい物事を記憶することが全く出来ない。「ホーム」の職員たちは、彼の前では毎日が7年前、即ち1994年の4月25日であるかのように振る舞っている。その日は、加賀谷の長女が婚約者を連れて父を見舞いに来る筈の日なのだった……。(渡辺源四郎商店HPより)

オリジナルを上演した弘前劇場が生得的な言語(この場合は津軽弁)で発話されていたのと同様、全篇神戸弁によって話される。
言葉が変わるだけでかくも変わってしまうものかと、驚くことしきり。
人間は話す言葉に規定される部分が多いんだねぇ〜
確かに自分も標準語と秋田弁で話すのとで随分イメージが違うらしいし・・・言葉は思考にも影響を与える、か。

また全体の雰囲気として、ヒロゲキや渡辺源四郎商店のような抑えた感はなく、いわゆる小劇場的なノリ。
クライマックスでは音響や色入りの照明等も入り、全体的にオーソドックスな印象。

といっても、平凡な作品かというとそれほどの印象はなく、非常に良質な作品。
最後の方の、加賀谷の長女の婚約者である服部(加藤巨樹)の「勝ちてぇな〜(とかなんとか、はっきり覚えてないけど)」という、義父への思いを吐露する場面では、何かわからないけれど熱いモノがこみ上げてきてどうしようもなかった。
多分少年時代をジャンプとか読んで育った俺ら世代には、この感覚はすごくわかるような・・・そういう問題でもないか。

照明や音響もきれいにハマっており、この戯曲の別の一面が垣間見えたような気がする。

アフタートークでは「俺の屍〜」演出の黒澤世莉さん、今回の「月と牛〜」演出の谷省吾さん、そして畑澤聖悟さんの3人による対談。
すんごく個性的な3人というだけあって、話題は戯曲から逸れつつ漫才みたいな世界へ。
なぜかブルース・リーについて長く語り合ったり、対談の大半がボケとツッコミだったりと、いろんな意味ですごい対談。
この戯曲の由来を聞かれて、それに対して畑澤さんが答えるやりとりがあったのだが、「この戯曲は世代交代の話で、古代中国に於いては集団の長が生贄の牛の首を(耳を掴んで)動かすことで長の座を次の世代に譲るという風習があった。それが今の“牛耳る”の語源になっているのだけれども、そこからこの戯曲のタイトルになった」というようなことをおっしゃっていた。
う〜ん、深い!